私 的 空 間 / 過 去 帳

No.1 ホームページ開設にあたって [No.2 (2008.5) No.3 (2008.8) No.4 (2008.10) No.5 (2008.12) ホームへ ]

当HPは、より多くの人々に水槽の世界の楽しさと拡がりを知ってもらえる様にとの思いで開設致しました。

もともと作家・三浦達雄は、物事を奥深くまで探求していくタイプで、今で言う「オタク」に近いものでした。
スポーツ・音楽・哲学・文学・写真と、年と共に興味の対象は移れども、物の本質に近づこうとする姿勢は変わりません。
夢中になり、誰をも近づけない程の気迫で学び、自分の物として成果を挙げていました。
その中でも生き物との触れ合いは、飽くことなく続き、アクアズームという確立した世界を築き、それを生業とするようになりました。

自然は自然が一番だと言うことを知った上で、今は水槽の中の創られた自然と向き合っています。
彼自身が創る喜びを一番よく知っています。そしてその難しさも知っています。
多くの失敗を繰り返し、多くの人に支えられて創り上げたアクアズームの世界。
創る人には創る喜びを、見る人には見る喜びを今後も提供していきたいと考えております。
遊びに来てね お店にお立ち寄りの際は、お気軽にお声を掛けてください。

まだまだ見るところの少ないHPですが、アクアズームの世界同様、進化していきたいと考えております。
メールなどにはまだ対応できていませんので、悪しからずご了承ください。

このHP開設に当たり、ご助言ご指導いただきました堤道順様に感謝申し上げます。

by ズーピィー

No.2 東 京 湾 を 遊 ぶ [No.1 (2008.3) No.3 (2008.8) No.4 (2008.10) No.5 (2008.12) ホームへ ]

ゴールデンウィークも過ぎ梅雨の前の好天を楽しむ季節となりました。
毎年不思議なもので、桜が咲くころになると、多摩川をはじめ東京湾内にそそぐ河川のあちらこちらから。決まってチアユ遡上の声が聞こえてきます。
温暖化のせいか、海水温が高めに推移し、台風並みの荒れた天候が続いても、今年も例年に違わず、ここ江戸川にもかわいい彼らは姿を現してくれました。水の中の彼らも、まるで花見を楽しんでいるかのようです。

三番瀬のアサリ。外来のホンビノス貝が多く混ざるようになった 私が遊ぶ湾奥の三番瀬あたりは2月ごろから、テトラについた自然の海苔を採ったり、貝を掘ったり、アミを捕ったりして春の到来を肌で感じることができます。
公園として開放されている場所はごく一部しかありません。是非都会の身近なオアシスとして三番瀬を広い海浜公園にし、多くの人に開放してほしいものです。

高度成長期に汚された湾内の海水は驚くべき速さで、きれいに回復してきました。 しかし、趣味で釣る魚は10年位前をピークにその絶対数が減少しているように感じます。いままで湾奥では、冬のアイナメ、カレイから始まり、春の訪れとともにメバル、フッコ、手長エビ、夏のキス、ハゼ、秋のサヨリや青物、その他アナゴ、黒鯛、縞鯛、アジ、マゴチ、舌ビラメ、イワシ、ワタリガニと多くの魚たちが手軽に護岸から楽しめたものです。それが、年々魚影が減少してきています。

初夏に接岸し始める三番瀬のキス 生態系の微妙なバランスの上に成り立っている自然界では、ある特定の生き物が急に増えたり、減ったりすることがあります。
ここ湾奥では、春のアサリも秋のサヨリも数年不漁が続いています。いくらでもとれたアオヤギでさえ、もう5年ほど貴重な存在となり、代わりにツメタガイが大手を振っています。

数年おきに回ってくるサバ、イナダたち青物もその間隔が長くなってきています。ところが昨年、今までほとんど釣れなかった子メジナがいくらでも長期にわたり釣れ続きました。また外来種であるホンビノス貝なども多く繁殖し始めています。
そして今年は五月に入っても、荒れた日が多く、今週も寒い日が続いています。
環境が変われば住むところを変えるしかない彼ら、少しの生態系の変化でさえ命取りになることもあります。身近に遊ぶ事の出来る湾奥にも再び環境の変化が起きているのでしょう。

本来自然の中にいる人間に包囲されてしまった自然は、何を訴えているのでしょうか。 人間の仕業は地球の歴史の中では、一瞬にして無に帰します。自然をも支配しようとする現代人。日本人は元来自然を楽しみ、自然と調和して生きていく術を身につけていたと思います。決して出しゃばることなく溶け込むように、勝つとか負けるとかではなく、柔軟に付き合っていたはずです。
自然の変化がすべて人間の仕業ではないでしょうが、少なくとも人間が良い知恵を働かせれば、良い方向への変化に導けるのではないでしょうか。

自然と対話が出来るような環境があれば、人の心も今のように荒れたものにはならないのではないでしょうか。
人間の生活する空間は、地球の上にしかないことを。人間は自然の恵みによって生かされているということを考えてほしいものです。

by ズーピィー

No.3 日本橋を洗う [No.1 (2008.3) No.2 (2008.5) No.4 (2008.10) No.5 (2008.12) ホームへ ]

地元町内会と日本橋保存会 地元消防団も参加? 高速道路の下に隠れる日本橋
今年も7月27日ここ日本橋で橋を洗う会が模様されました。 町内会・保存会が毎年主催するものです。
交通規制もして、皆で日本橋をゴシゴシ、川にはEM団子を投げ入れ、バクテリアにも川の浄化を助けてもらいます。 EM団子を川に投げ入れバクテリアの力で水を浄化
今はメタンガスの発生するブクブクという泡も幾分減ったようにもみえますが、相変わらず濁った色の流れです。
それでも時折川岸に小魚の群れが現れます。昨年は夏の終わりに川の水がコバルトグリーンになり、多くの魚が浮いた時がありました。東京湾もそうですが、根本的な改善が出来ないと、酸欠状態の解決は難しいでしょう。

みんなでゴシゴシ 橋の上の高速道路をなくす計画もあるようですが、護岸がコンクリートで固められているうちは、きれいな川は帰ってこないでしょう。
川の上に青空を取り戻す事は、風の通り道をつくり、ヒートアイランド現象に悩む都会を涼しくする効果もあるそうです。
日本橋川の水辺に葦が生え、土手にカエルの巣穴が見られる自然のなかを、夕涼みをしながら散策できる日が来て欲しいものです。
もう何年も前に、隅田川はじめ東京の河川に大挙してサンマの群れが迷い込んで来たことがありました。
これからは極当たり前に魚たちが群れ遊べる川が蘇るよう、共存共栄の世界を築いていってほしいものです。

NO.4 種の保存 [No.1 (2008.3) No.2 (2008.5) No.3 (2008.8) No.5 (2008.12) ホームへ ]

朝一番に顔を出す

ある日突然180cmの大型霧水槽にキノコが生えてきた。今までもキノコは何度か生えた事はあるが、これは今までのとは生態が違っている。芽が出てから24時間以内に消滅するのである。
夕方には傘を開く
水槽製作後4年を過ぎて、この春から何度か顔を出すようになったキノコだ。その姿は、マルミノヒガサタケに似ているが?

翌朝には柄の部分から飛び出したように細い糸状の柄が長く残る 人間は「生きるとは」「何のために生きるのか」など、自分の存在意義を考えたりする時期がある。生まれてきたことに感謝したり、後悔したり、厄介な存在である。
そこへいくと、魚や植物やほとんどの動物は存在すること自体が価値として存在している。もっとも彼らの本心は聞けないのだが、生きているから「生きるための生活」を送っているだけであろう。

そうキノコの話であった。たった一日だけ地上に姿を現す。これは何を意味しているのか?
こんなことを考えるのも人間だけだが、胞子のままの姿と成体としての姿。何のためにと考えざるを得ない。種が増えていくわけでもなく、思い出したように一つずつポツンと出てくるのである。

昆虫でも、地中や水中で何年も幼虫として生活し、地上に成体として変態した姿を現し、数日あるいは数時間で一生を終えるものもある。
広大な宇宙の中で地球を選び、何憶年と言う時の流れの中の記憶にも残らない一瞬を生きる生き物たち。きっと彼らの中のDNAが宇宙そのものなのであろう。

そんな彼らがいる水槽「小さな地球」を見ているだけでも夢は広がるのである。



No.5 2008年の音の中で [No.1 (2008.3) No.2 (2008.5) No.3 (2008.8)  No.4 (2008.10)  ホームへ ]

2008年のスタートは、末広がりの8のように順調に滑り出し、先行きの充実感を思わせるものでした。

それが、夏を過ぎるころから一変。

終わり悪ければ全て悪し、オリンピックもあり、一見華やかな時代に見えましたが、不可解な事件、政治不振、派遣切りもあり、大変後味の悪い一年の印象です。

 

荒廃した心を置き去りにした2008年の暮れ、応援しているオジサンバンドのライブ会場に足を運びました。

時には気分転換。全く違う空間に自分を置くのもいい。そして自分の趣味の世界に浸るのもいい。

GS、フォークと昭和期に青春を過ごした自分には、音がまとわりついています。歌も楽器も満足に出来ないけれど、音楽は無くてはならないものです。

そこは現実を超えることの出来る空間です。

圧倒する音の中、やはり音楽は、誰にでも平等でした。

全身に音を浴び、伝え手、聞き手、共に同じ鼓動を感じ、純粋に楽しむ心を与えてくれました。

それは決して逃避ではなく、力強く自分に問いかけ、自身を鼓舞し、明日へと、未来へと繋がる時空の確認です。

 

今、傍らでは紅白の音が今年最後の音を響かせています。

2009年はどんな年になるでしょうか。地球にとっても、人類にとっても厳しい年の始まりです。

結果は一人ひとりの生き方そのものでしかありません。



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